写真の「不思議な力」に導かれるように、野口がこれまでに出会ってきた様々な現象や光景
時間や場所も超えていく写真の「不思議な力」

野口里佳はこれまでに、水中や高地、宇宙といった未知の領域と人間との関わりをテーマにした作品を手がけてきました。
近年では、日常や周囲に満ちる無数の小さな謎の探求を通して、見るものの感覚や想像を解き放つような表現を追求しています。
東京都写真美術館での個展「野口里佳 不思議な力」に際し刊行される本書では、30年にわたって自由な写真・映像表現を追求してきた野口の過去の作品シリーズと近作、新作を、それぞれの作品が呼応しあうように構成し、その作品表現に通底する本質と魅力を浮かび上がらせます。

初期作品「潜る人」(1995年)から、「夜の星へ」(2014年、2015年)、そして最新作「ヤシの木」(2022年)まで、時間や場所も超えていく写真の「不思議な力」に導かれるように、野口がこれまでに出会ってきた様々な現象や光景が描き出されます。
また、父が生前に遺していたネガを、野口の眼差しを重ねてプリントした「父のアルバム」(2014年)は、「人はなぜ写真を撮るのか」と写真の根源を問い直す契機となりました。

ここにいて、どこまで遠くに行けるか ── それぞれの存在がこの世界に生きていることの意味を見つめ直し、また写真・映像のもつ「不思議な力」とは何なのかを考えるきっかけとなる一冊です。

寄稿:石田哲郎(東京都写真美術館 学芸員)「不思議な力に導かれて 野口里佳の写真と映像」    吉本ばなな「里佳ちゃんの謎」

 

"里佳ちゃんは、人類の在り方をはるかに超えて自分自身なのだ。頭が痛かろうと腹がいっぱいだろうと妊娠していようと里佳ちゃんは里佳ちゃんの見るべきものしか見ないし、撮るべきものしか撮らない。その徹底した在り方自体が才能なのだ。  男でも女でもないその「ただ見つめる」目。異様なまでにブレない、世界を見る在り方。いちばん似ているのは、小学生の男の子が、正確に、完璧にプラモデルを作っているときの目の感じ。あわてず、部品を揃え、乾いてないのに触ったりせず、こつこつと、幸せでも不幸でもなく、ものすごい集中力で。 そんな感じで、世界の中に散らばる美しいものたちがただその瞳を通して写真に写されただけで、自ずと宇宙の法則や神の視点が導き出されてしまう。  「この世はフィクションなんだ、ただしとても美しい。私はその秘密を見つけるためにただ 『写して』いるんだ。でもそれには目を透明にしなくてはいけない。あの状態にならなきゃいけない。でもだれにもあの状態を説明することはできないんだ」。彼女の写真を見ると、いつも、そう言われている感じがする。"

───吉本ばなな「里佳ちゃんの謎」より抜粋