時間のつらなりの中、命の在り処を見つめる。

「TRYADHVAN」(トリャドヴァン)は、サンスクリット語で三世(過去世、現在世、未来世」をあらわす仏教用語。
僧侶と結ばれ寺院に暮らす古賀にとって、日々にその時間の巡りや因縁は息づくものであっただろう。そして授かった新たな命の存在により、古賀はさらに未知の時間の深みへと触れていく。

体内にふたつの鼓動がある日々、変わりゆく身体——抱えこむ不穏さや、突き上げるような衝動をカメラは捉え、自身でありながら自身ではない不可思議の生身が立ち現れる。その目に映る身のまわりの静物や寺院の営みは、聖と俗とを超えて呼応し、深々とした闇も眩む光も静かな緊張感に満ちて一枚のなかに共存する。

自身の存在とは何か、その源となる命とは何か、、、紐解いた古い家族アルバムや過去帳のなかに立ち上がるもの。時間のなかを行き来しながら、自らを手放し自らをたしかめる写真の有りよう。

古賀絵里子が本作において旅をしたのは、自身の内なる、そしてそこから無限につづく三世の時間だった。
全ページ袋綴じ、和綴じの装丁のなかに、光陰が息づく代表作。

「いま彼女は、古いアルバムの中の死者たちに見守られながら、さらに深く自分自身の中へと降りてゆく。そしてより困難な時間の旅を生きる。そこにはもう物理的な旅も、カメラを向けられる具体的な他者もいない。ただ無数の生のひとつにすぎない自分の生だけがある。どれほど愛しくとも、誰から認められることも褒め称えられることもなく、忘れられてゆく小さな日々。しかしそれこそが、果てしなく繰り返されてきた無数の生の姿に他ならない。  だから彼女はこれらの日々を、震える手でただ抱きしめる。あらゆる生は、死ゆえに、どれほど孤立していようともけっして孤独ではない。古賀絵里子のTryadhvanは、生をその孤独から救う長い旅のはじまりを告げている。」

竹内万里子「Tryadhvan」より

古賀絵里子は1980年福岡県生まれ。上智大学文学部フランス文学科卒業。2004年フォト・ドキュメンタリー「NIPPON」受賞。2011年写真集『浅草善哉』(青幻舎)を発表し、翌年「さがみはら写真新人奨励賞」を受賞。2014年写真絵本『世界のともだち・カンボジア』(偕成社)を刊行。国内外で個展やグループ展を多数開催。清里フォトアートミュージアム、フランス国立図書館などに作品収蔵。写真発表の傍ら、テレビ出演や執筆活動もしている。