ぼくにとって、そして全ての写真家たちにとって、唯一の<聖地>だと呼べる所といえば、それは他ならぬフランス中部の小都市サン・ルゥ・ド・ヴァレンヌである。
かつて、この町のとある館の小窓に映った196年まえの夏景色が、ニセフォール・ニエプスという名の一科学者の“熱き想い”によって、人類最初の“写真”として写し撮られて、『実験室からの眺め』と題されたイメージが生まれたのであった。

そしてぼくは33年まえに「サン・ルゥへの手紙」というタイトルの写真集を出した。

その15年ほどあと、ぼくはその聖地、サン・ルゥ・ド・ヴァレンヌへと出掛けている。

さらにその数年あとに、ぼくはテキサス州(アメリカ)に行ってオースティン大学の資料館に展示されている、すでに映像も定かならない『実験室からの眺め』を目に留めてきた。

全てが光と影とによって構成された196年まえの一枚の風景は、その後長きに渡って、ぼくに向けて、静かなる衝動と、確かなる衝撃を与えつづけてくれているのだ。

この「拝啓ニエプス様」は、そんなぼくがサン・ルゥの実験室に出掛けて、ニエプス師のかつての仕事場のあれこれや、周辺の景色を写して廻ったスナップ(謹写)、そして窓からの眺めを写した一枚を中心として、ぼくが池袋の自室や自宅の周囲を撮ったイメージ達を一冊にしたものだ。

ニエプス師は大型の暗箱写真機で、ぼくはGパンのポケットに入るコンパクト・カメラで、やはりそのスケールが違うのだった。

-森山大道 あとがきより