視線はブリジット・フォンテーヌのサウンドと交錯する。
深い絶望とカオス的高揚。緊張と弛緩。
吉野英理香は、それとは知らずに隠された危機を告げる--

写真家・吉野英理香(1970年生まれ)は90年代半ば以降、いわゆるストリート・フォトグラファーとして、多数のモノクロ作品を発表し、個展や多くの海外でのグループ展に参加、日本の現代写真の一翼をになう写真家として評価を得ています。繁華街やリゾート地に集う人々を近距離から荒々しいフレーミングで切り取る彼女のスナップ・ショットは、動物的な感性を思わせることから、批評家・倉石信乃は、かつて吉野を「野蛮なスナッパー」と称讃しました。

2010年に入り、吉野は心機一転、カラーでの撮影を開始、同年7月までに撮りためた作品群が、本書『ラジオのように』に結実しました。撮影エリアは都心から関東北部へと広がり、視線はストリートに行きかう人々のみならず、青く光る空き地の沼へ、白いカーテンの部屋へ、雨上がりの駐車場の灰色のアスファルトへ、緑に光る自転車屋の店内へと、さまざまな事象に向けられていきます。吉野の持ち味である繊細さと暴力性をあわせもった対象への接近は、作品がカラーに変っても失われることはなく、脈絡のない視線のさまよいは、独特のスピードとリズムをもって、見る者に未知の物語の到来を告げています。

身辺を記録したプライヴェート・フォトとも、スタイルとして確立したストリート・フォトとも違う、新たな写真を見る楽しみを提供してくれる吉野英理香の初の本格的写真集がここに生まれています。

巻末には、本書に収められた写真を撮影した時期の日記が収録され、フィクションとも、備忘録ともつかない記述もまた、彼女の不思議な感性を伝えています。

なお、本書タイトルの「ラジオのように」は、フランスの歌手、ブリジット・フォンテーヌが1970年にフリージャズのアート・アンサンブル・オブ・シカゴをバックに歌い大ヒットした「Comme à la radio」から採られています。