本書収録の約190点におよぶモノクロ写真は、「はっぴいえんど」(細野晴臣、松本隆、大瀧詠一、鈴木茂)結成前の1968年から解散を決めた1972年暮れまでの時期に撮影されている。

立教大学で同級の細野晴臣と遊び仲間だった野上眞宏は、細野との交流を通して、「はっぴいえんど」をはじめ、その後の日本のミュージックシーンを牽引することになるミュージシャンたちのレコーデングやライブ、楽屋での様子などを、プライベートに撮影した。野上がそこに居合わせ、しばしば撮影していたことで、当時まださほど注目を集めていなかった彼らの、極めて貴重なドキュメントが残されることになった。

はっぴいえんどのファンでもあるシカゴ大学のマイケル・ボーダッシュは、「この写真集に収められたイメージの静謐さに私は心を打たれた」と本書序文で綴っている。この一文は、野上がこの時代に撮った写真群のとてもユニークな魅力を私たちに気づかせてくれる。政治的にも文化的にも大きく揺れ動いていた1960年代末から1970年代初めにあって、野上は、この時代を象徴する激動や喧騒とは別の側面にある、価値や重要性を浮上させようとしているかのようだ。野上によって、静寂の中で繊細に捉えられた人々、そして街の姿に、私たちは出会うことになる。

日本橋の裏通りを歩くカップル、人通りもまばらな早朝の表参道、映画館が幾つもある渋谷の東急文化会館(現・ヒカリエ)、六本木の夜のカフェ、ジュークボックスのある新宿のディスコ……、半世紀前の東京の街角の光景のどれもが、当時を知る者には懐かしさを喚起し、この時代にはまだ生まれてすらいなかった者にとっては、タイムトリップを誘う魅力的な細部を見せてくれる。

書名は1971年にリリースされたジョニ・ミッチェルのアルバム・タイトル《Blue》からとられている。この時代の野上は、憂鬱で、不安な毎日を送っていたという。ブルーな気分だからこそ、友人と街に出かけ、楽しい時を過ごそうとしていた。政治運動への参加も、将来を約束された企業への就職も選ばなかった野上にとって、写真家を目指しながら撮影された日々の記録は、見えない何かへの切望と抵抗の痕跡だったのかもしれない。

野上は1974年に渡米し、その後の30年近くをニューヨークで過ごすことになる。本書表紙写真は、渡米後1年半を経た1975年の11月に、ワシントンDC近郊の、ジョージタウンのカフェでくつろぐ著者。

60年代末から70年代初頭の東京、ぼくや仲間たちの写真を撮っていたのは野上眞宏ただひとりでした。その記録が見られるというだけでなく、書架に並べたい美しい写真集です。 ――細野晴臣

ぼくらはみんな星だった。光り始めるほんのすこし前に瞬く微かな光だった。それから普通の大人になり、無数の昼と夜を駆け抜けて、もうじき命の光が尽きようとする頃、こうして印画紙に焼きついた星屑だった時代の自分と出会う。なんと素敵なことではないか。 ――松本隆

あの頃の自分の姿を見て少しエネルギーをもらえたような気持ちにさせてもらいました。時間の切り取り方に野上さんのセンスを感じます。素晴らしい写真集で感動しました。 ――鈴木茂

野上眞宏は1960年代から1970年代にかけての日本のポップカルチャーを記録してきた写真家の一人である。東京の街も人も、その写真の数々は今もなお輝き続けている。 ――鋤田正義