地名に名指されながら、絶えず変容を続ける場所を、左右それぞれ異なった日時に撮影、それらを並置した、写真家 露口啓二の代表的シリーズ。

1999年より撮影が開始され、途中、中断の時期を経るも、パリ、ローマ、「ノンセクト・ラディカル- 現代の写真III-展」(横浜美術館 2004年)に出展されるなど、これまでにも国内外で広く紹介されてきた、露口啓二の作品「地名」。

北海道における地名がかつてある音で呼ばれ、ある時期に漢字表記され、音の痕跡は残しつつも意味は切断され、地名として使用されていること─

その風景に視線を向ける本作は、キャプションに公用の日本語、その元となったはずのアイヌ語の音、さらには当該のアイヌ語の意味を付記すると共に、一度目の探訪と再訪という二度の撮影の時間を経て、風景のイメージを規定・修飾する「地名」=「場所の表象」を、問いとしてより遠くへと解き放します。

土地を「名づける」とはどういうことなのか。その地名がずれ続け変化し続ける遠いうことはどういうことか。それは土地に何をもたらすのか。

北海道の地名形成をめぐる恣意的な翻訳という事績も析出させながら、「風景の亀裂」を誘発し、差異の存在の有無や、その様態を丹念に見つめる、比類なき傑作。

 

それらの写真が静かに伝えるもの、それは二つの写真の間、二つの地名の間、そして写真と地名の間に開ける多層的な非対称の衝撃、差異の衝撃に他ならない。── 倉石信乃