「光の岸辺に立つ。佐伯慎亮、待望の新刊。」

彼岸と此岸についての独自の死生観と、偶然性によるユーモアに貫かれた前作『挨拶』(2009年)が大きな話題を呼んだ佐伯慎亮。それ以降の作品を収める本書『リバーサイド』では、時間の流れに伴う変化を受け入れ、生と死のあいだに射し込む光への眼差しを感じさせます。家族というもっとも濃密な関わりですら、死別は訪れ、その傍ら、新たに生まれる命があるーー
その当たり前の日々の巡りのなかで佐伯慎亮が切り取るのは、生起するものと移ろいゆくものが交差する不可思議で侵しがたい瞬間です。小さな虫たち、液晶の光、うろこ雲にいたるまで、変転し流れるからこそ生命を帯びる。そのような写真群に触れながら、私たちがいまどこの川岸にいるのか、ふと思いめぐらすことができるかもしれません。


光は世界をくまなく照らすことはできない。
この事実はわたしたちをうろたえさせるが、でも、どこもかしこも照らされていたら、照らしているという事実さえも、わからなくなるのではないか。

本書には、『挨拶』以降に撮られた写真がほぼ時間軸に沿って収められている。
家族を撮ったものが目立つ。子どもの誕生、成長、親との死別......。
別に家族がテーマではないのだけど、と写真家は言う。気になるものにカメラをむけたら家族の写真になった、と。

地球が回転して、光が照らす場所と照らさない場所ができ、二度とまみえない瞬間が生み出される。
ふと足を止めるその場に、撮らなければ記憶にすら残らない光の姿がある。
光への慈しみは、暗がりを知る心と表裏一体だ。写真家は流れる時の岸辺にたたずみ、光と影の結び目に分け入っていく。

写真を見るわたしたちは、ページをめくりながら、写真家とおなじように、息をひそめて画面の細部に目を凝らす。
ふつうの風景のように見えるもののなかに、ほんの少しだけ不思議なことや異様なものが混じっている。
だれかが意図したわけではなく、「偶然」と表現されるたぐいの出来事だが、こうして写真に撮られると、実感せずにはいられない。
その偶然が恩寵に転ずることを。 -------- 大竹昭子「光と影の結び目」(帯文より)

慎亮くんの新しい写真集「リバーサイド」今回も傑作
誰もの日常が本当はどれほど途方もない空間なのか
鮮やかに見せてくれる
彼の写真を知らない人は大損してる
七尾旅人(シンガーソングライター)

佐伯慎亮くんの新しく出た写真集『リバーサイド』が素晴らしい。彼が写真を撮る人でよかった、と思う。
彼がここに収めてくれた写真を見て、ほんとに美しいと感じるものってこれだよねって思う。
私たちの目にもこんな瞬間はしばしば映るけど、それがこうして切り取れるって、半ば呆れるくらい、いい。
二階堂和美(シンガー ソングライター)

人間はもちろん、虫や植物、石にまで血が流れているように見える
坂本慎太郎(ミュージシャン)