空間に乗り込む身体、身体を切り開く行為、行為から生起するイメージ。
切り結び、折り畳まれていく時間。物語なき叙事詩。

Lily Night が写し出す「ABSCURA」は、「abstract」と「obscura」を組み合わせた抽象的な暗箱。作家の思考と制作の原点でもある。
東京で一人暮らしをしていたアパートに、中国から両親(親密な他者)が訪れた三日間に撮影された写真を契機とする。
ある空間に乗り込む身体、その身体を切り開く行為、その行為から生起するイメージは、「家族」という物語を離れた記憶の結節点や、折り畳まれていく時間を感知させる。そして、フレームの外へと見えないものを受け取ろうとする入れ子のパラドックス、空間的視点。個人の生と社会を眼差す、写真の新たな暗箱の提示がここにある。
待望の第1冊目の写真集。

 

"作家は自身の撮影行為について、次のように語っている。

呼吸することが精神に与える影響や、例えば肺の伸縮という生理的な感触が連動しているように、写真を通して自分が生きてきた空間と時間を、生まれ育った環境と、いま身が置かれている世界との関係性を捉えようとして、身体の表面、世界の表象を切り取るとともに、その内外を反転させるような写真を切り取っていった。

作家は撮影行為を通して自身の存在を支える無意識の領域を探り、自分をかたちづくった価値観や世界との接点を可視化しようとしているのだろう。そうやって、社会のなかで家族や親密な人との関係や自分の存在の輪郭を徐々にほどきながら写真を撮り、選び、並べ、第三者のように少し退いたまなざしで眺めている。そして自身の実存と切り離せないこれらの断片をもっと遠くの他所へ、他者へ送り出すことで、世界と関連付けて普遍的なものにしようとしている。リリー・ナイトの暗い箱は、誰もが逃れられないこと─自分の世界観は唯一無二のものでありながら、それは世界の断片でしかないことや、自分だけが「普通/特殊」ではないこととのなかで、ファミリーマターや社会との関わり、世界との接点と対峙する際に生じる、正解のない永劫の問いへと通じている。"

『ABSCURA』収録「抽象性と必然」
丹羽晴美(写真論/学芸員 東京都現代美術館)より抜粋

 

LILY NIGHT

1988年 中国黒龍江省哈爾濱市生まれ
埼玉大学教養学部美学専攻卒業
ケント大学美術史専攻修士号取得
東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修士号取得

▪ 主な展示
2021 「Enter the Void」(NOHGA HOTEL UENO TOKYO)
2021 「局部麻酔」(銀座蔦屋書店 アートウォールギャラリー)
2020 「LAST NIGHT」(コミュニケーションギャラリーふげん社)
2020 「i was real」(Kanzan gallery)
2019 「Dyed My Hair Blond, Burnt Dark at sea」(EMON Photo Gallery)
2018 「ligament」(ソニーイメージングギャラリー 銀座)

▪ 受賞
2019 第8回 エモンフォトアワードグランプリ
2018 第18回 写真1_WALLファイナルリスト
2017 第33回 東川町国際写真祭赤レンガ公開ポートフォリオ・オーディション・グランプリ
2017 第7回 TOKYO FRONTLINE Photo Award 審査員賞

▪ コレクション
モデナ写真財団(イタリア)
東川町国際写真財団(日本)