激動の時代、人々はどこから来て、どこへ行くのか

街で偶然すれ違う人々にカメラをむけ、定型のストリートスナップとは一線を画した批評性をともなう作品群で評価されてきた写真家、蔵真墨(くら・ますみ)。これまでの写真集『kura』(2010年)、『蔵のお伊勢参り』(2011年)、『氷見』(2013年)、『Men are Beautiful』(2016年)では主に日本国内で撮影した作品を発表してきた。

本作品集は、アジア地域における貿易の中継地、中国への玄関口としての役割を歴史的に担ってきた世界都市「香港」を舞台に、蔵真墨がしなやかな視線とスクエアフォーマットによる独特の距離感でとらえた、モノクロームのスナップショット作品を収録。

「旅に出ることはその土地を知ることであり、離れた場所から自分が生まれ育った場所、生活している場所を考えることでもある」(蔵 真墨)

1996年、中国返還前の香港にトランジットで不意に立ち寄って以来、蔵は異邦人としてたびたび香港の街を訪れてきた。
歴史的にも複雑な背景があり多様な民族と文化がひしめき合う街、香港島、九龍半島をくまなく歩き、何気ない日常を暮らす人々とすれ違い、時に高揚し、時に戸惑い、変化を厭わない国際都市で他者に寄り添うまなざしのありかを探すうち、写真家自身の心境に、日陰にさす暖かなひざしのように、かすかな変化が生まれる。

香港に暮らす人々の日常風景をとらえたモノクロスナップ74点のほか、長引くコロナ禍に香港にゆかりのあるオブジェを使って制作したフォトグラム作品5点、またこれまでの香港への旅を振り返りつつ、写真家としてのスタンス、アイデンティティをあらためて見つめ直そうとする長文テキスト「どこかからどこかへ」を掲載。

東日本大震災、新型コロナウイルス感染拡大によるパンデミック、先の見えない激動の時代に、あえて足元のひだまりから未来へのやさしい希望を見出す、蔵真墨の新境地。